柳楽優弥さんの学歴を調べてみると、一般的な芸能人の「出身校まとめ」とは少し違う学生時代が見えてきます。
高校時代に在籍していたのは、芸能活動をする生徒が多いことで知られる堀越高校。そして大学へ進学したことを示す本人や所属事務所からの情報は確認できません。
ただ、柳楽さんの場合は「どこの学校に通っていたのか」だけを追っても、その10代がどれほど特殊だったのかは伝わりにくいでしょう。
中学生で映画『誰も知らない』の主演に選ばれ、14歳でカンヌ国際映画祭の男優賞を受賞。高校へ入るころには、すでに日本を代表する若手俳優の一人として見られていました。所属事務所の公式プロフィールでも、この受賞は日本人初、史上最年少と紹介されています。
ところが、大きすぎる成功のあとには演技への迷いがあり、一時は俳優以外の仕事も経験しています。
そして20代で舞台やドラマに挑戦し直し、再び主演男優賞を獲得。現在は『ガンニバル』『ライオンの隠れ家』『九条の大罪』などで主演を任される俳優になりました。
柳楽優弥さんの経歴は、「14歳で成功した天才子役」という一言では語りきれません。
この記事で分かること
- 柳楽優弥の小学校・中学校・高校・大学に関する学歴
- 14歳でカンヌ男優賞を受賞するまでの学生時代
- 高校で豊田エリーと出会い結婚へつながった関係
- 俳優を離れてアルバイトを経験した時期とその背景
- 再評価後も学び続けている柳楽優弥の仕事への姿勢
目次
柳楽優弥の学歴は?高校は堀越、大学進学は確認されていない
柳楽優弥さんは1990年3月26日生まれ、東京都出身。スターダストプロモーションに所属しています。2026年現在も映画やドラマ、配信作品で主演が続いています。
学歴で比較的はっきりしているのが、高校時代です。
柳楽さんは堀越高校に在籍していました。
後に妻となる豊田エリーさんとは高校時代から交際しており、日本テレビも堀越高校での2人の恋愛エピソードを紹介しています。当時の同校では男女交際が禁止されていたため、校内では話しかけないなど、かなり気を遣いながら付き合っていたそうです。
一方、小学校と中学校については、地元の東大和市立第二小学校、東大和市立第二中学校とする情報が広く出ています。第二小学校については卒業生として柳楽さんを掲載している資料も確認できますが、所属事務所の公式プロフィールには学校名まで記載されていません。
高校についても、堀越高校から別の高校へ移ったとする情報があります。ただし転校先について、本人や所属事務所が学校名を明かした一次情報は確認できませんでした。
大学についても同様で、進学したことを示す公式な経歴は見当たりません。
こうして見ると、柳楽さんの学歴には公表されていない部分もあります。
ただ、10代の仕事量を知ると、その理由も少し想像しやすくなります。普通なら高校受験や部活動が生活の中心になる時期に、柳楽さんはすでに海外の映画祭へ名前が届く俳優になっていたからです。
小学生時代はサッカー少年、中学生で芸能界へ
柳楽優弥さんは東京都東大和市で育ちました。
現在の公式プロフィールにも特技としてサッカーが挙げられており、芸能界に入る以前はスポーツにも親しんでいたことが分かります。
そんな柳楽さんが芸能界へ入ったのは2002年ごろ。まだ中学生でした。
そして最初に受けた映画のオーディションが、是枝裕和監督の『誰も知らない』です。
今では是枝監督作品の主演と聞くだけでも大仕事に思えますが、当時の柳楽さんには本格的な演技経験がありませんでした。それでも主演の明役に抜てきされます。ORICON NEWSも、2002年にオーディションを受け、演技経験のない状態から主役に選ばれた経歴を紹介しています。
ここから柳楽さんの中学校生活は、一気に普通ではなくなっていきました。
撮影を終えた『誰も知らない』は2004年に公開。そして柳楽さん自身も予想していなかったほど大きな評価を受けることになります。
14歳でカンヌ男優賞、学生生活が一変する

2004年、第57回カンヌ国際映画祭。
『誰も知らない』に出演した柳楽優弥さんは、14歳で男優賞を受賞しました。
所属事務所は「日本人初・史上最年少」と紹介しています。
14歳といえば、中学2年生から3年生ほどの年齢です。
その時点で世界的な映画祭から演技を評価されたわけですから、周囲から「天才」と見られるようになったのも無理はありません。
翌2005年には『星になった少年 Shining Boy & Little Randy』、2006年には『シュガー&スパイス 風味絶佳』、2007年には『包帯クラブ』と、10代のうちから主演映画が続きました。
高校へ進んでも、生活のかなりの部分を撮影現場で過ごしていたことになります。
ただ、この時期の経歴を後から知ると、「羨ましい」という言葉だけでは片付けにくいものがあります。
14歳で世界から評価されたら、その次の作品では「カンヌ男優賞を取った柳楽優弥」として見られる。本人がまだ演技を勉強している途中でも、周囲からは完成された俳優のような結果を期待されてしまいます。
若いころの成功が、その後の苦悩と切り離せないところが柳楽優弥さんの経歴の興味深いところです。
高校時代に豊田エリーと出会う
そんな柳楽優弥さんにも、意外なほど普通の高校生らしいエピソードがあります。
妻の豊田エリーさんとの出会いです。
2人は堀越高校の先輩・後輩という関係でした。
日本テレビ『1周回って知らない話』では、当時男女交際が禁止されていた学校で、2人が1年以上にわたって交際を隠していたことが紹介されています。学校では話しかけず、弁当をすれ違いざまに渡すほど徹底していたというのです。
世界的な映画祭で賞を取った俳優が、学校では先生に交際がバレないよう恋人と距離を取っている。
このギャップはちょっと面白いですよね。
柳楽さんと豊田さんはその後、2010年に結婚しました。柳楽さんはまだ19歳でした。ORICON NEWSのプロフィールでも2010年の結婚が確認できます。
学生時代に出会った相手とそのまま結婚まで進んだわけです。
高校生活というと、柳楽さんの場合はどうしても「カンヌ受賞後の多忙な時代」に目が向きますが、その時期に現在の家族につながる出会いもあったことになります。
カンヌ受賞後、俳優を続けることに迷った時期
華々しい経歴とは裏腹に、10代後半の柳楽優弥さんは俳優として迷いを抱えていました。
2024年に日本テレビ『おしゃれクリップ』へ出演した際にも、番組では若くして脚光を浴びた後の苦悩や、カンヌ受賞後に抱えた重圧が取り上げられています。
さらに2024年のOggiのインタビューでは、柳楽さん自身が10代について、憧れていた世界へ入ったあとに「学ばなければならないことの多さ」を思い知らされた時期だったと振り返っています。
この言葉は、柳楽さんの経歴を見るとかなり印象的です。
外から見れば、14歳の時点ですでに大成功しています。
でも本人の感覚では、「俳優として完成した」のではなく、むしろ自分に足りないものが見え始めていたのでしょう。
結果が先に出て、実感が後から追いかけてくる。
筆者には、柳楽さんの10代はそんな時期だったように見えます。
カンヌ受賞という肩書きを持っている以上、普通の新人俳優のように失敗しながら覚えていくことも難しかったのかもしれません。
俳優の柳楽優弥が自動車ディーラーや飲食店でアルバイト
柳楽優弥さんの経歴を追っていて、特に意外なのが20歳前後の時期です。
俳優以外の仕事も経験していました。
報道では、自動車ディーラーで洗車をしたほか、飲食店のホールでもアルバイトをしていたと伝えられています。2011年には実際に飲食店で働く姿も報じられ、当時は事務所公認で社会経験を積んでいたとされています。
14歳でカンヌ男優賞を受賞した俳優が、その数年後には車を洗い、飲食店で料理を運んでいた。
ここだけ切り取れば「転落」のような見出しを付けたくなるかもしれません。
でも、柳楽さんのその後を見ると、むしろこの時期を単純な失敗として扱うほうが不自然です。
俳優は、自分が経験していない人生を演じる仕事でもあります。芸能界とは違う場所で働き、お客さんと接し、同僚と一緒に仕事をする経験は、芝居に戻ったときに無駄にはならなかったはずです。
実際、柳楽さんは20代になると「いろいろな役柄、いろいろな現場へ飛び込んだ」と振り返っています。
早く成功した人が、一度立ち止まって普通の社会へ出てみる。
この時間があったからこそ、後の柳楽優弥さんには「天才子役のその後」とは違う面白さが生まれたのかもしれません。
『海辺のカフカ』『アオイホノオ』で再び存在感を見せる
2012年、柳楽優弥さんは新しい場所へ向かいます。
蜷川幸雄さん演出の舞台『海辺のカフカ』です。
柳楽さんにとって初舞台でした。公演前のインタビューでは、蜷川さんの稽古場を見学し、藤原竜也さんが厳しい指示に応えている姿に刺激を受けたことも語っています。
映画とは違い、舞台では撮り直しができません。
しかも初舞台で蜷川作品。
怖さもあったはずですが、ここから柳楽さんの出演作は少しずつ幅を広げていきます。

2014年には福田雄一さんが脚本・監督を務めたテレビ東京の『アオイホノオ』で連続ドラマ初主演。
それまでの柳楽さんに「寡黙」「シリアス」「目力が強い」といった印象を持っていた人にとって、『アオイホノオ』の焔モユル役はかなり意外だったのではないでしょうか。
大げさな表情で叫び、悔しがり、空回りする。
『誰も知らない』とはまったく違う柳楽優弥が画面にいました。
そして2016年には『ゆとりですがなにか』に出演し、主演映画『ディストラクション・ベイビーズ』では第90回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、第38回ヨコハマ映画祭主演男優賞を受賞しています。
筆者が柳楽さんの経歴で面白いと思うのは、この部分です。
14歳のカンヌ受賞だけなら、「ものすごい才能を持った少年」という伝説で終わっていたかもしれません。
ところが柳楽さんは、そこから一度迷い、俳優以外の仕事も経験し、舞台やコメディーにも飛び込み、20代になってもう一度、演技で賞を取っています。
こちらの受賞は、少年時代とは意味が違うのではないでしょうか。
試行錯誤を重ねたうえで、大人の俳優・柳楽優弥として評価された結果だからです。
30代になっても「学ぶ人」だった柳楽優弥
その後も柳楽優弥さんの仕事は続きます。
Disney+『ガンニバル』では阿川大悟を演じ、2024年のTBSドラマ『ライオンの隠れ家』ではTBSドラマ初主演。2026年にはNetflix『九条の大罪』で主人公の弁護士・九条間人を演じました。
14歳の受賞から20年以上たっても主演が続いているわけです。
さらに興味深いのが、今も勉強を続けていること。
2024年のインタビューで柳楽さんは、20代に短期留学も経験しながら英語力を磨き、30代になっても1日1時間ほど英語を学ぶことを習慣にしていると話しています。
海外作品への思いもあり、演技力と語学力、これまで積んできた経験を組み合わせたいという考えも明かしています。
柳楽優弥さんの学歴を調べていたはずなのに、最後に残るのは「どこの大学を出たか」という話ではありませんでした。
10代で世界から評価されても、自分はまだ学ぶ必要があると感じた。
20代では経験する仕事や役柄を増やした。
30代では語学まで学び続けている。
こうして発言と経歴を並べると、柳楽優弥さんは早く完成した俳優というより、早くスタート地点に立たされた俳優と見るほうが近いのかもしれません。
まとめ
柳楽優弥さんの学歴では、高校時代に堀越高校へ在籍していたことが確認できます。
小学校は東大和市立第二小学校、中学校は東大和市立第二中学校とする情報がありますが、所属事務所の公式プロフィールでは学校名までは公表されていません。
また、堀越高校から別の学校へ移ったとする情報もありますが、転校先について本人から明確に公表された学校名は確認できませんでした。大学進学についても、公式プロフィールなどに記載はありません。
ただ、柳楽さんの学生時代で最も印象的なのは学校名ではないでしょう。
中学生で『誰も知らない』の主演に選ばれ、14歳でカンヌ国際映画祭男優賞。高校時代には後に妻となる豊田エリーさんと出会い、その一方で10代後半には俳優としての自分に迷う時期も経験しました。
20歳前後にはアルバイトも経験し、そこから舞台『海辺のカフカ』、『アオイホノオ』『ゆとりですがなにか』『ディストラクション・ベイビーズ』へ。
そして現在は、『ガンニバル』『ライオンの隠れ家』『九条の大罪』など主演作が続いています。
一度の早すぎる成功だけで現在まで来たわけではありません。
むしろ、成功したあとに悩み、別の世界も経験して、もう一度俳優として評価を積み上げたところに、柳楽優弥さんの経歴の面白さがあるのでしょう。
